2014年07月08日

入スポ【浩二列伝1】

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大学三年生の頃から
付き合いが始まり
プロ入り2年後のオフに挙式!
法政三羽烏の田淵 富田 山本浩司(本名は浩司である)
当時は、華の六大学
そんな中、鏡子(夫人)さんは山本浩二のファンであった!
鏡子さんは一つ年下で山本浩二の同級生のいとこ
初めて彼女の家に招かれた時に山本浩二はビックリ!!
何と同じ顔が二つ!?
鏡子さんは双子であった!
結婚後も「鏡子が家庭の事など全てやってくれたから野球に専念出来た。子供の行事も長男の運動会に一度行ったやろか?じゃから女房にゃ頭あがらん」
と語っている。
晩年は満身創痍では無かったが誕生日(40)の翌日、日本シリーズ第8戦で正式に引退…
この年、打率276本塁打27打点78
誰もが、まだやれる
そう惜しんでましたが
四番として年間通しては無理と本人は決断した。
また、広島入団時の監督だった根本さんからは
西武へ来てくれ、DHも代打でも清原の教育係でどうやと。
しかしカープ一筋で歩んだプロ野球人生
丁重にお断りした。
ただ、シリーズ8戦目に敗戦後の仲間の胴上げには泣いた!
和の中には東尾(西武)もいた!
そして、スタンドには大勢のお客さんも帰っていなかった!
当然、私はテレビの前で号泣した。


以上


編集長 井上
入場スポーツ新聞
posted by 急運 at 07:48 | Comment(0) | スタッフブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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